Memories Offオリジナルストーリー
Memories Mirage


Act:02 巡り合う心、過去と未来への想い



(前回より)
やがて彩花は完全に目を醒まし、二・三度瞬きをしてから二人の方を向いて何かを言いかけた刹那、彩花の表情が見る間に強張り、顔色がどんどん青ざめていく…。
「彩ちゃん!?どうしたの?」
「おい!!彩花!?どうしたんだよ!?おい!!」
二人が取り乱して彩花に尋ねるが、呆然とした彩花の耳には二人の声は
最早届いていなかった………・。
(ど…、どうしよう…。私…しゃべれない………。)


 「おい!彩花!!どうしたんだよ!?」
智也が彩花の傍で懸命に問いかけ、唯笑も
「彩ちゃん!彩ちゃんってば!!」
とくりかえす。だが、彩花は呆然とした表情のままただ震えるだけである。やがて
「唯笑!俺、先生呼んで来るから、お前は彩花の傍にいてやれ!!いいな!?」
と智也が言い、脱兎の勢いで病室を飛び出していった。
(どうして………どうして…私…しゃべれないの?)
智也が医師を連れて戻ってくるまで、彩花はずっとこの事しか考えられなかった…。


 やがて、医師からの連絡を受けた桧月夫妻と智也たちに対して、医師は『恐らくは事故の際の
ショックで一時的に神経がマヒしているだけで、いずれ回復するだろう』と告げたが、同時に
『いつ回復するかは判らない』とも告げた。
 やがて話が終わり、医師が去った後、「ふう…」と彩花の父親が溜息をつき、
「まぁ、命に別状はないのが不幸中の幸いだったな…」
と漏らす。すると、
「あなた!?彩花は喋れなくなったんですよ!?なにが『不幸中の幸い』なんですか!!」
と彩花の母親が半ばヒステリック気味に食って掛かった。
「おばさん!!落ち着いて下さいよ!!きっと彩花は喋れるようになりますよ」
と智也が慌てて割って入る。
「おばさん…唯笑も…唯笑もそう思うよ!!」
と唯笑がフォローする。
「御免なさいね…、思わずカッとなっちゃって…」
「いや、私も少し気が緩んだのかもな…」
と桧月夫妻も少し肩を落とした。


 暫く続いた沈黙の後…
「こんな時、兄さんなら何て言うかしらね?」
と待合室のソファに座りながら桧月夫人が漏らす。
「確かに…慎一郎さんならどう言うんだろうな…」
と彩花の父も呟いた。そして、それに呼応する様に
「兄さん?」
と唯笑が尋ね、智也も
「慎一郎さん?」
と聞き慣れない名前に訝しげな表情を見せる。
「?ああ、智也君たちは知らなかったわね、私の兄さんは『氷乃森 慎一郎』って人で、
今はドイツ…デュッセルドルフで医者をしているの」
と説明する。
「じゃあ、みなもちゃんの体の事を書いた手紙は…」
と唯笑が尋ねるが、夫人は
「いいえ、あの手紙は兄さんからじゃあなくて、息子の涼君からだったの」
と説明する。
「そうか…涼君はもう現場に出ているんだったな」
と彩花の父親が思い出したように呟いたが、
「ほえ?涼君?現場??」
と唯笑が不思議な表情で聞き返す。
「うん、涼君は慎一郎さんの息子さんで君達とは同い年なんだが、既に大学を卒業して、
医療の最前線に立っているんだ」
と説明すると、
「ほええええ!!」
と唯笑が仰天したような表情をうかべ、智也も
「ま…まじっすか!?」
と聞き返す。
「ええ。でもね…涼君はそれだけの頭脳と引き換えに、失った物もあるの」
と夫人が溜息と共にうつむいた。
「それは、『精神の安定』なんだよ」
と彩花の父が言葉を継いだ。
「ええ…涼君は5歳の時の医療事故で、暫く意識がない状態が続いたんだけど、
目覚めた時には脳の活動域が100%の状態になっていたらしいの」
と夫人が説明し、
「でも、その代償として、精神状態が異常なまでに不安定になってしまったらしいんだ…」
と彩花の父が補足する。
「そうなんですか…」
智也はそれだけを言うのが精一杯だった…。
「ま、最近はかなり安定してきたらしいが、時々突発的に錯乱状態の陥る事もあるらしいね…。さて、智也君たちもそろそろ家に帰らないとな。私が送って行ってあげよう…母さん、彩花の事を頼むよ」
と彩花の父が二人を促す。
「じゃあおばさん、彩花の事お願いします」
と智也が丁重に一礼し、唯笑も
「唯笑もまた来ますね」
と挨拶して二人は病院を後にした…。


 それから一週間ほどして彩花は退院し、学校にも復帰したが、学校側と桧月夫妻との話し合いの
結果、3学期からは澄空にある『市立澄空養護学園』に転校する事が決まった。
「ねえ、彩ちゃん」
学校の帰り道、唯笑が彩花に尋ねた。
『どうしたの?』
と彩花が手元のノート−言語障害といっても、聞こえない訳ではないので彩花が筆談する以外は
今までと変わる事のない、普段通りのコミュニケーション…つまり、なんら変わる事のない意思の疎通が三人の間、そして周囲にはあった−に書き込む。
「そういえば、華音ちゃんってどうなったの?」
と尋ねる。
「そっか…その子、まだ意識が戻らないままなんだったよな」
と智也も気にしている様子でつぶやく。
『うん…あれからね、意識は回復したんだけど…』
と書いたが、その後は中々筆を進めようとはしない。
「?何か華音ちゃんにあったの??」
と唯笑が普段からは想像もつかないほどの洞察力で尋ねる。
『…歩けなく…なっちゃったんだって…』
「あ…歩けなく…って…」
智也も動揺を隠せない様子でそう漏らした。
『うん…車に轢かれた時、膝を潰されたらしくて、それで…』
と彩花が書き込む。
「そっか…華音ちゃんも大変な事になっちゃったね…」
しんみりと唯笑が呟く。
『最初、その事が判ったときは、もう手が付けられない程錯乱して…みんなが力ずくで押さえ込む
必要がある程暴れてたんだって…』
「そうか…」
と智也が顔をしかめてそう漏らした。
『でも、〔最近は落ち着いたって〕叔母さんが言ってたけど、何だか何かがごっそりと抜け落ちたように無気力になっちゃったんだって…。』
と彩花が不安げで、とても悲しそうな表情を浮かべながら書き加える。
 そして、その後は互いに一言も発する事無く、三人は暮れなずむ通学路を
家路に向かっていった。


 そして、あの日の会話から一ヶ月ほどが過ぎた年の瀬のある日。智也がベッドの中で『肉まん』のよ
うに丸くなっていると、部屋の外で足音−だが、それは3人分の足音だった−が聞こえ、
やがて智也の部屋の前で止まった。
『kチャ、キィィィ…』
ゆっくりと金具を軋ませ、ドアが開くとその隙間から彩花・唯笑・みなもの3人が顔を出した。
「智ちゃん、よく寝てるね…もう11時だよ?」
「いっつもこうなんですか?智也さんって」
そんなみなもの問いに対し、
『うんうん』
とうなずく彩花。
「唯笑ちゃん、ホントにそれやるの…?」
とみなもが不安げな表情を浮かべる。『それ』が何を意味するかは分からないが、唯笑の表情からしてとにかくトンデモない事であることだけは確かな様だ…。
『みなもちゃん、避難する?』
と彩花がノートに書き込んでみなもの前に差し出し、唯笑もチョイチョイと階段を指差す。そして、
みなもが急ぎ足で階下に下りていったのを確認した数秒後…。
『プップーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!』
鋭いホーンの音−サッカーの試合の応援などに使われるホーンで、ドイツの有名なサッカーチームのロゴがペイントされていた−が部屋中に響き渡り、その音に驚いて『だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!』と叫びながら智也が飛び起きた。
「とぉ〜もちゃん♪起きた?」
と唯笑が尋ねる。
「お、お前等なぁ…」
と智也が言いかけた瞬間
『いつまでも寝てる智也が悪いんだよ』
と書かれたノートを見せながら彩花がしかめっ面をする。
「二人ともぉ…終わった?」
と言いながらみなもも部屋に入って来る。
「うん、智ちゃん起きたから」
と唯笑が事も無げに言う。
「ったく…。で、お前ら揃って何しに来たんだ?」
と智也が不機嫌そうな顔をしながら尋ねた。
『後で話すから、智也はちゃんと顔を洗って着替えたら?』
と彩花がノートに書き込む。
「へいへい…」
と言いつつも智也は階下に下りていった。


「へぇ…彩花のお婆さんが今年米寿(88歳)なんだ…」
リビングで珈琲−無論インスタントだが−を飲みながら智也が驚きの声を上げた。
「でね、お婆ちゃんの家に親戚中が集まってお祝いをするんです」
とみなもが説明する。
「で、その事と、唯笑達とどんな関係があるの?」
と唯笑が一番先に浮かんだ疑問をぶつけた。
『うん…私達のお婆ちゃんって、とっても社交的って言うかあまりこだわりの無い人で、〔彩花のお友達−勿論恋人さんもね?−も呼んでおいで〕って、電話が来たのよ…』
と呆れながら筆を進める。
「う〜ん…行ってみたいけど…」
とさすがに唯笑も言葉を濁している。
「俺もなぁ…」
と智也も抵抗がある様である。すると…
トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……・
「お、電話だ…。誰からだ?」
智也がそう言って受話器の子機をつかんだ。
「はい、三上…なんだ、親父かよ…ああ、ああ…な、なにぃぃぃぃ!!マジかよ!?それ?正月は
帰れない!?…ああ、ああ…そっか、予想以上に長引くのかよ…ならしょうがないか…
頑張ってくれよ、裁判長殿…。あ、そう言えばさ…」
と智也は何故かリビングから電話したままで出て行ってしまった。
「智ちゃん、どしたんだろね?」
と唯笑が訝しがったが、彩花は『さぁ?』と言った感じで肩をすくめた。
暫くして智也は部屋に帰ってきたが、戻って来るなり
「彩花、そのお婆さんの米寿祝いの件、俺やっぱ行くわ」
とあっさりと言った。
「ほえ?叔父さん達帰れないんだ…」
と唯笑が智也に聞いた。
「ああ、今やってる裁判が、どうも年越しそうなんだとさ」
と智也が愚痴る。
『唯笑はどうするの?』
と彩花−智也との交際の後押しは、実は唯笑のものであった。彩花はそれ以降唯笑の事を
「唯笑ちゃん」から「唯笑」と呼び方を変えていた−が唯笑に話を振った。
「う〜ん…ねぇ智ちゃん、電話借りていい?」
と唯笑が智也に尋ね、智也も
『おぅ…』と受話器を差し出した。
「…あ、もしもし?お母さん??唯笑だけど…」


 そして年が明けて1月2日、桧月家の車−後部座席には智也と唯笑の姿もあった−は高速道を、
実家のある『雪ヶ峰町(ゆきがみねちょう)』目指して走っていた。
「ねえねえ、彩ちゃん?彩ちゃんのお婆ちゃん家って、何してるの?」
と唯笑が窓の外の雪景色を見ながら尋ねた。
「そう言えば聞いた事無かったな…」と智也も頷く。
「うちの実家は、古い造り酒屋なのよ。地元ではかなり有名な店なのよ」
と彩花の母が代わりに答える。
「へぇ…そうなんだ…」
と唯笑が驚きの声を上げる。
 結局唯笑の参加はトントン拍子で決まり−『迷惑かけてはだめよ』と言うお決まりの注意があったが、それはあまりにも無意味だった−、唯笑の両親から渡されたお土産のお菓子を唯笑が持参して
同行していた。
「さて、ここらで一回S.A.に寄ろうか?」
と彩花の父親が尋ねる。
そして、一行は手近なS.A.で一時の休憩を取った後、再び雪ヶ峰を目指して走り出した。


 時刻は現在午後2時半。立派な造りの屋敷の庭先で、白を基調とした白黒ツートンのトレーニングウェアに身を包んだ一人の少年−身長はそれこそ2m近い位に高く、その腰まである頭髪は
周囲の雪にも負けない程白かった−が雪玉を転がし、一体の雪だるまを作っていた。
「ねぇ〜〜〜!涼く〜〜ん!!」
と家の中からよく通る少女の声が聞こえてきた
「Ja(はい)!!」
と、涼(りょう)と呼ばれたその少年は何故かドイツ語で返答を返した。
「今からちょっとお買い物に行ってくるんだけど、涼君もくる?」
とその声の主−おとなしそうな見た目の黒髪の少女だった−が
白いダウンジャケットを羽織りながら玄関先に姿を現した。彼女は返事がドイツ語であった事には
何の疑問も抱いていないようだ。
「いいですよ、千沙都(ちさと)さん。けど、その前に…」
と言うが早いか、涼が身構え
「シャァァァァッ!!!!」
と気合一閃、雪だるまの頭部に強烈な回し蹴りを叩き込んでそれを粉砕していた。そして、
「じゃあ、行きましょうか?」
と足に付いた雪を払いながら答えた。
「え、ええ…」
と千沙都が呆気にとられたような声で答え、二人は商店街のショッピングセンターへと
出掛けていった…。


 それから十分ほどして、彩花達は氷乃森家に到着していた。
「さて、着いたよ」
と彩花の父親が後ろの三人に声を掛けた。
「わーい、着いた着いた!!」
と唯笑が無邪気な声を上げながら車を降り、智也も
「随分と雪深い所だな…」
と感想を述べながら車を降りた。すると、
「あ、叔父さん叔母さん明けましておめでとうございまーす!!」
とやけに明るい声で一人の少女−その姿は先ほど出掛けた少女、千沙都に瓜二つだった−が庭先から勢いよく飛び出してきた。
『へへ〜、おめでとうございます!!』
「美沙都(みさと)ちゃん、おめでとう」
と彩花と母親が挨拶するが、美沙都と呼ばれた少女はすぐに智也と唯笑に興味を移したようで、
「あけおめっ!!」
と挨拶をした。
「あ…ど……どうも……」
と智也もあまりに急な挨拶に驚いた様子だが、唯笑は
「あけおめぇ〜!!」
と返事を返していた。
「貴方達?彩ちゃんのお友達って?」
と美沙都が興味深げな視線を送る。
「そうだよ。唯笑たちは、彩ちゃんとは幼馴染み同士なんだ」
と唯笑が説明する。
「ふーん、唯笑ちゃんって言うんだ。私は美沙都、『氷乃森 美沙都(ひのもり みさと)』。
これからもよろしくね!」
と簡単な紹介をする。
「私は『今坂 唯笑』、普通に『唯笑』でいいよ。で、こっちが幼馴染みの『智ちゃん』だよ」
と唯笑も自己紹介をする。
「み…『三上 智也』です…」
と智也も挨拶するが、いつもの調子ではない。
「あっれぇ〜、智ちゃん?もしかしてキンチョウしてるとかぁ〜?」
と唯笑が素早く突っ込んむ。幼馴染みとはこう言う時こそ油断できない存在なのだ。
「まあまあ二人とも、早く中に入ろう」
と彩花の父が促す。
はぁ〜い、と言いながら一行は雪だるまの残骸−無論、涼が頭を粉砕した物である−の横を抜
けながら家の中に入ろうとしたが、ふと何かの気配を感じて首を巡らせると、庭に面した部屋から
深紅の瞳でこちらをじっと見つめる一人の少女の姿に気がついた。そして、智也がその少女の方をじっと見詰めていると突然
「智ちゃ〜〜ん!早くおいでよ〜〜!!」
と唯笑の呼ぶ声が聞こえてきたので、その少女のことはそれきり考える事もなく、
智也も家の中に入っていった。


 造り酒屋と言う事もあり、氷乃森家は思ったよりも年季の入った造りをしていた。そして、一行が
居間に入っていき、炬燵の近くで編み物をしていた老女に向かって座り直し、
「母さん、お久し振り」
と彩花の母が切り出し、
「お母さん、明けましておめでとう御座います」
と彩花の父も続く。
『お婆ちゃん、あけましておめでとう』
と彩花も少し大きめの文字で挨拶する。
「あ…あけましておめでとうございます」
と智也が挨拶し、唯笑も
「あけましておめでとうございます」
と続く。
「はい、おめでとう」
と彩花の祖母『氷乃森 はつゑ』は元気そうに返答を返した。
因みに、彼女はまだ現役の『氷乃森酒造』の大女将でもある。
「智也君に、唯笑ちゃんだったかねぇ…遠い所からよくおいでなさったねぇ。
まあ、子供の喜びそうな物があまりない所だけど、ゆっくりしておいき…」
「あ、ありがとうございます」
と智也がまだ緊張気味に返事する。
「お婆ちゃん、唯笑ね、お菓子持ってきたんだよ」
と、唯笑が持参したお菓子−『くまぽー饅頭』と箱には印刷されていた−を差し出した。
「悪いねぇ…気を遣わせちゃって…。蛍子さんや…お茶にしましょうか?」
とはつゑが娘−千沙都・美沙都姉妹の母親である−の蛍子を呼んだ。
「はいはい…。そろそろ伊吹さん家も着く頃かしら?」
と蛍子が人数分の湯飲みと急須を大きな盆に載せてやって来た。
「あら、そう言えば千沙都ちゃんは?」
と彩花の母が尋ねる。すると、
「ちぃ姉なら、涼君連れて買い物だけど?」
と美沙都がマンガを片手に二階から降りてきてそう告げた。
「ああ、そうだったわね。お醤油とおつまみを頼んだんだったわ…」
と蛍子が思い出したかのように呟いた。
因みに、二人が向かったショッピングセンターはここからバスで少し出た場所に建っている。
往復なら30分ほどはかかるだろう。
『そういえば、庭先に頭の無い雪だるまがあったけど、誰が作ってたの?』
と彩花が尋ねる。
「ああ、それなら涼君でしょ。昨日も作った後で、掌底で頭粉砕してたし…」
と美沙都がお茶を飲みながら答えた。
「その涼君って、お医者さんしてるんだよね?」
と唯笑がくまぽー饅頭を頬張りながら尋ねる。
「そ。でもね、自分で護身術も編み出しちゃって…。自分で実践してるんだって」
「ふぉえ?何で」
「〔向こうは、治安があんまり良くないからね〕って言ってたよ。涼君」
「へえ…」
と智也が用意された大福を食べながら驚く。


 そんな他愛も無い会話の最中、伊吹家の面々も集まり、それぞれの学校生活や
日常の話に花が咲きかけた頃、
『そう言えば、華音ちゃんは?』
と彩花が思い出した様に尋ねた。
「また昼寝してるんじゃないの?美沙都、起こして来てあげて」
と蛍子が美沙都を促し、美沙都も
「おーい、華音ちゃーん!!お饅頭、早く来ないとたべちゃうよー!!」
と美沙都が大声を張り上げながら家の奥へ向かって行った…。
 それから暫くして、美沙都の足音が廊下から聞こえてきた。そして、その音に被さる様に
『ゴツ…ゴツ…ゴツ…』という、杖を突く音が廊下に木霊した。そして、ややあって
「連れて来たよー!」
と言う美沙都の声と、
「ゴメン…また寝ちゃった…」
と言う声と共に、スチール製の杖を突いた一人の少女が襖の陰から姿を現した。
 年は彩花達と同じ位だろうか、だが三人の中では一番大人びて見える彩花よりも、もっと落ち着き払った雰囲気を纏っている。そして、何よりも印象的なのはその風貌であった。腰まである銀髪、
そして彼女は壊れてしまいそうな程優しくて儚げな表情を浮かべていたが、冷たい深紅の瞳が一見するとやや冷淡な印象を与えないでもなかった。その少女はそんな智也達の気配を察してか、
少し距離を取るような位置の壁際に右足を崩した格好で座り込み、上体を傾ける形−右足は
スチール製の拘束具でがっちりと固めてある事を考えれば、上体を傾けるだけでも相当な負荷が
体にかかっているだろう−で一礼し、
「初めまして、『氷乃森 華音』です」
と挨拶する。
「は、初めまして…三上 智也です」
と智也が挨拶し、唯笑も
「今坂 唯笑です、お邪魔してますね。あ!これからは千沙都ちゃんや華音ちゃん達も
『唯笑』でいいからね。みんな同い年なんだし」
と挨拶を返す。
「華音ちゃん、あけましておめでとう」
とみなもが挨拶し、
『明けましておめでとう』
と愛用のノートに書き込んで華音に指し示した。
「叔母様、御無沙汰してます。それに…彩ちゃんも、おめでと」
と華音も挨拶を返した。


 それから暫くして、智也達がお茶を飲みながらしゃべりまくっているその時…
「ただぁいまぁ〜」
「今帰りました」
と男女の声が玄関の方から聞こえてきた。
「あ、千沙都ちゃんと涼お兄ちゃんだ」
とみなもが鋭く反応した。
「ほえ?みなもちゃん、涼君だけは『お兄ちゃん』なんだ?」
と唯笑が驚いたように尋ねた。
「うん。なんか、涼お兄ちゃん見てると、私よりもずっと年上に見えちゃって・・・」
とみなもが説明し、彩花も
『そうだね…。なんか神秘的な雰囲気だし・・・』
と同意する。
等と言っているうちに、
「ただいまぁ…。あぁ〜、さむさむ…」
と千沙都が部屋に入ってきた。
「あ、皆さんあけましておめでとう」
と挨拶−美沙都の挨拶とは正反対の大人しめの挨拶だった−した。
「千沙都、買ってきた物は?」
「涼君が今台所に置きに行った。多分、コーヒーもついでに入れてくるでしょ?」
「ほえ、コーヒー?」
と唯笑が反応した。
「あ、彩花ちゃんのおともだち?…うん、涼君はね、すっごいコーヒーに拘るんだよねぇ…」
『そうそう。去年なんか、[BOKKA EX]のブレンドを再現しちゃったぐらいだし…』
「な…なにぃ…!!」
「ほえぇぇぇぇぇ!!」
智也も唯笑もこれにはかなり驚いた様である。
「ホントに…一体どうやったのかこっちが聞きたかったわよ…」
と美沙都も呆れ顔でサラダ煎餅をかじった。すると、暖簾を掻き分けながら
「二・三時間くれれば説明するけど?」
そう言いながら、涼がマグカップ片手に姿を現した。そして、彩花達に向かって
「Frohes neues Jahr!(新年おめでとう!)」
とドイツ語で挨拶する。
「?ほえ??ほええ!?」
「……・!!」
智也も唯笑もいきなりのドイツ語での挨拶に面食らっている様だが、当の涼はと言うと唯笑と
目線があった瞬間全く違う事を考えていた…。
(セ…『セシル』!?……でも…まさか…そんな事………)


氷龍「はい、メモミラ第三話。遂に涼達の登場です!!」
華音「やっと登場ですね…」
涼「最後ですか…私…・」
氷龍「まあまあ…」
華音「でも、おにいちゃん。『セシル』って、誰?」
涼「………」
氷龍「こらこら…誰にだって心の傷はあるんだから…」
華音「あ…ごめん…」
涼「いや…・」
氷龍「さて、メモミラ第一部ですが、もう暫く続きます」
華音「と、言う訳で…」
涼「fortdauern!!(続く!!)

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